Novel

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「つむじ風食堂の夜」 吉田篤弘

CINEMAGA vol.058

 町の外れの小さな食堂を訪れる人々を描いた温かく愉快な小説です。
 ほんわか、ほんのり、ほろり、ユニークなどの形容詞が非常に似合う作品で、
 読んでいると自分も作中に流れるゆったりとした時間に引き込まれます。

 「少し見方と考え方を変えるだけでこんなに楽しく生きられるのか」
 そう思わせてくれる主人公「先生」は、人工降雨について研究をしたいのに
 生計を立てるためにしぶしぶフリーライターを生業としている中年紳士。
 「先生」は博識で鋭い分析力を持ちつつスローペースで空想力豊かという
 子供か大人か分からない不思議な魅力を纏った素晴らしいキャラクターだ。

 だがいくら説明しても、この作品の魅力は殆ど伝わらないだろう。
 この作品が面白いのは作中に散りばめられた小さなユーモアの数々であり、
 メインストーリーや登場人物をいくら語ったところで殆ど意味を成さない。
 物語は楽しい小ネタの積み重ねで形成されているようなものなので、
 そこを省略して「この本は何処が面白いか」など説明できるわけがない。

 万歩計を「二重空間移動装置」と言って売ろうとする靴屋。
 舞台に腕しか出さないマジシャン。最初の一行しか書かれなかった小説。
 エスプレーソと発音する父……これらいくつもの不思議で愉快な設定が
 「先生」独特のとぼけた視点で描かれていて、実に面白い。

 小説は人を笑わせることが非常に難しい媒体ですが、この本は大丈夫。
 大笑いではなくクスッもしくはニヤリと笑顔にしてくれるでしょう。
 私が最初に挙げた形容詞を味わいたい人には是非オススメの作品です。

 
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ZOO」 乙一

CINEMAGA vol.061

 前作「GOTH リストカット事件」が話題となった作者の新作小説。
 毎日恋人の腐乱死体の写真を送りつけてくる<犯人>を追う表題作を始め、
 父と母を同時に視認できなくなった少年を描く「SO‐FAR そ・ふぁー」、
 誘拐犯に捕まり奇妙な部屋に監禁された姉と弟を描く「SEVEN ROOMS、
 口から発したことが何でも叶ってしまう優等少年の悲劇「神の言葉」など
 時には残酷、時には奇妙、時には温かい10作の短編が収められている。

 デビュー作もそうだったのだが、この作者の作品の痛覚は歪んでいると思う。
 例えば「カザリとヨーコ」で登場する少女は母親の暴力をさほど嘆かない。
 「冷たい森の白い家」でも親戚に虐げられる少年は怒ったり泣いたりしない。
 ほぼ全作、登場人物は殴られ蹴られ斬られ撃たれ刺され殺されるのだが、
 その描写に感情は殆ど含まれていない。どこまでも痛覚に客観的なのだ。

 しかし作中の人間がみな「痛い」とは言わないわけではない。
 登場人物が痛がっている描写をさらっと痛くないかのように書いているのだ。
 事故で痛覚を欠落した老人が主役の「血液を探せ!」など良い例だろう。
 本来なら痛さを強調する場面で作者はことさらドライに短く痛さを描く。
 この実際の痛さと文字で描かれる痛さの落差が奇妙としか言いようがない。
 
 しかしただ1作「陽だまりの詩」だけ、痛さについて真っ向から描いている。
 死に至る病に侵された主人に「死んだら埋葬してくれ」と頼まれたロボットが
 一体「死」とは何なのか、どういう意味があるのか疑問を持つという話だ。
 10編の中で一番死を恐れて拒んで涙する者が人間でなく機械なのも面白い。

 この話はこの本が設定の奇抜さ、文体の冷たさ、内容の残酷さだけの
 単なる娯楽作だという評価を覆せる珠玉の1作なので、是非読んで欲しい。
 しかしここまで読んでお分かりのように、この本及びこの作者は
 肌に合わない人はとことん合わないのでその点はお気をつけください。

 
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「フィンガーボウルの話のつづき」 吉田篤弘

CINEMAGA vol.063

 こないだ紹介した「つむじ風食堂の夜」の作者が書いた最初の作品です。
 緩やかに流れる時間に身を任せ、ふわりと漂う感覚を味わう事が出来るはず。
 長短16もの短編集がビートルズの「ホワイトアルバム」をキーとして
 ひっそりと、でも確実に繋がっている構成を堪能するだけでも見る価値アリ。

 この本の主人公は世界の果てにある食堂の話を書きあぐねている作家だが、
 実際は短編ごとに主役が存在し、短編ごとに不思議な物語が語られる。

 紙の余白を見つけると何か書きなくなってしまう作家の物語「白鯨詩人」。
 ドアノブだけを展示する奇妙な展覧会「ジュールズ・バーンの話のしっぽ」。
 映画ではなく映画の予告編を作る仕事に就くことを夢見る学生「ろくろく」。
 離れ小島で一人こっそりと電波を飛ばす気まぐれ放送局「その静かな声」。
 開けたい扉を捜し求める歌手兼作曲家女性の転機「ハッピー・ソング」。
 市民全員の使い古したレインコートを展示する博物館で働く「小さなFB」。

 他にも笑ってしまう話、懐かしくなる物語、穏やかな気持ちになる物語など
 たった1冊の本が読者を様々な想いへと導いてくれます。
 休日にあったかい飲み物とお菓子を用意して、読んでみてはいかがでしょう。
 肩の疲れがちょっと和らいだような気になれるかもしれません。
 私のオススメは「キリントン先生」「ビザを水平に持って帰った話」。

 
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リビング」 重松清

CINEMAGA vol.069

 様々な家族にまつわる12の話を収めた重松清初の短編集。
 離婚するかどうか揺れる夫婦に与えれた亡き母の口癖「ミナナミナヤミ」。
 家事に疲れた主婦が同窓会の為に田舎へ初の一人旅をする「一泊ふつつか」。
 分家の嫁2人をこき使う本家の姉に反旗を翻す「分家レボリューション」。
 子供を作らない働く夫婦の1年を描いた連作「となりの楽園」などがある。

 つまらない夫婦のケンカ、義姉との確執、子供とのコミュニケーション。
 殆どの作品が別になんてことはない風景を切り取って見せてくれている。
 本来なら物語の主役にはなれないような人々の生活が描かれているのだ。

 書名「リビング」とは居間イコール家族についての意味だけではなく、
 「LIVE」の現在進行形「生きている」の意味も備え持っているのではないか。
 そう思わせる理由は一人の女性の半生をまるまる描いた「YAZAWA」にある。
 これは主人公の男が学生時代のある友人の半生を回想するという物語だ。
 友人は中卒で働き出産し結婚した。男は独身だが友人にはもう孫までいる。
 彼は激動の人生を歩んだ友人に少し憧れ少し尊敬し少し敗北感を感じるのだ。
 男の人生と友人の人生。その2つがたった30頁足らずの紙で描かれている。
 あなたも登場人物の過去と現在を知ることで彼らの未来が見えてくるだろう。

 私が一番オススメの話は本書最後の短編「モッちん最後の一日」だ。
 モッちんは小学校卒業と同時に親が離婚するため姓が望月から山口に変わる。
 そのためモッちんは望月姓でいる最後の日に友人の家を順々に回って、
 それぞれ友達に最後の「モッちん」を言ってもらうという話。
 親の離婚というヘビーな出来事を実に子供らしい視線で描かれており、
 苗字が変わるイコールあだ名も変わってしまう、という着眼点が面白い。

 枚数制限のため端的且つ印象深い文章で書かれているので非常に読みやすい。
 新しい自分のあだ名に悩むモッちんに会うだけでも価値があるので是非。

 
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「暗いところで待ち合わせ」 乙一

CINEMAGA vol.090

 内容は警察に追われている男が盲目の女性の家に隠れ住むというもの。
 相変わらず設定はダークで、登場人物も少し歪んでいるんですが、
 それを突き放すでもなく見守るでもなく、ただ淡々と描写していく様は
 実在する人間の観察レポートのようでとっても現実味があって読みやすい。

 他の作品と大きく異なる点は、主役2人の成長が垣間見れるということ。
 男は周囲から孤立している自分を否定することなく、
 それどころか群れている人間に対して嫌悪感すら抱いていて、
 盲目の女も一日を家で一人うずくまって過ごし、他者との交流を避けている。

 そんな2人が奇妙な共同生活によって互いを受け入れていく。
 この受け入れていく過程がなんとも絶妙で奇妙で面白い。

 ただただブラックジョークに徹することもできる奇抜なアイディアを
 現実社会から孤立してきた読者への忠告に昇華させてます。
 「集団の中で孤独を感じることが格好良い」と勘違いしている若者へ向けて、
 そんな人間を多く作り出してしまった作家の罪滅ぼしと私は感じました。

 
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「ささらさや」 加納朋子

CINEMAGA vol.103

 これは心温まるミステリー小説です。
 心温まるミステリーってなんだ、と疑問に思った方は読んでみてください。
 きっと私の言ったことがよ〜くわかるはずですから。
 
 物語はサヤの夫が交通事故で死んでしまうところから始まります。
 気が弱く世間知らずなサヤは腕に抱えた夫の忘れ形見である0歳児と共に
 これからの生活をどう乗り切っていけばいいのか途方に暮れてしまいます。
 心の喪失感を埋め、子供と二人生きていく力を再生するために
 サヤは夫と住んだ家を出て、遠く離れた佐佐良という町へ引っ越すのですが、
 そこでは些細ながら少し奇妙な事件が色々起こる不思議な場所でした。

 しかしサヤの身に危険が迫ると、死んだ夫が他人の体を借りてやってきて、
 奇妙な事件の謎を解き、彼女の心配を全て拭い去ってくれるのです。
 「えーそういう話?」と読むのをやめようと思った方、ちょいとお待ちを。
 これはただのご都合主義的な恋愛話ではありません。
 夫を失い、急に頼りにする相手がいなくなってしまった一人の女性が
 子育てに孤軍奮闘し、次第に母として強くなっていく成長記なのです。

 最初は風が吹いたら子供もろとも吹き飛んでしまいそうなか細い女性が
 知恵や度胸を身に付け、仲間を増やしていく様子は見ていて実に気持ちいい。
 読者も「幽霊になった夫」と共に頼りない一時の母を応援し、
 読み終わったときには彼女の成長にホッと胸を撫で下ろしている事でしょう。
 全8話構成の中で、私の一番のオススメは7話目の「ささらさや」。 

 

  Comic

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HEAVEN?」 全6巻 佐々木倫子

CINEMAGA vol.065

 徹底した取材に基づくデータを面白おかしく調理する佐々木倫子作品。
 今回の舞台は「おたんこナース」などの病院を離れて三流フランス料理店。
 駅から遠いし、裏に墓地があるし、従業員は素人だし、オーナーは傍若無人。
 そんな最悪の店で必然的に起こってしまう騒動をほぼ1話完結で描く。

 このマンガの何が面白いかって、出てくる人間全員が一味も二味もある所。
 団体客が来てもテーブルから絶対どかないでタダ飯を食うオーナーを筆頭に
 ソムリエ資格を取得するためだけに店で働く資格マニアの老人、
 腕は確かなのにどうしてか行く店行く店全て潰れてしまう不運な料理長、
 ドジばかりで仕事を増やす為いないほうがマシの天然ボケ給仕係。

 そんな濃い連中の中で主人公・伊賀観だけが唯一の料理店職務経験者。
 他人との距離をどこで保てばいいのか、またどうやったら保てるのか。
 そんな「客とのコミュニケーション法」に頭を悩ませる彼の姿には
 接客業の大変さだけでなく、人間関係の複雑さを今更ながら痛感してしまう。

 だがそういう細かい悩みを消化する前に我侭オーナーが必ず事件を起こす。
 その我侭は無茶苦茶だがスジは通っているので、腹は立たずにとても痛快。
 しかも伊賀観の母親もこのオーナーと同じ性格で、両者の激突は見ものだ。

 異常に高いテンションのボケを異常に低いテンションでつっこむ手法で、
 これまでにない独特のギャグ空気を築き上げる佐々木倫子ワールド全開。
 私のオススメは2巻「利己的遺伝子再び」3巻「蛙の語源」4「カニ横丁」。
 3巻の「無意識の墓参」で客の男が融通の利かない伊賀観にかける言葉、
 「融通の利かなさは治らない。君は一生苦労する」は私の中で名言の域です。